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2006年09月26日
昨日の休日は
久しぶりに 恵比寿へ 映画を見に行く。
ウッディ・アレンの”マッチポイント”
ムニロのお客様の強いお勧めもあり行ってきました。
ウッディ・アレンは大好きな監督でもあり期待大でした。
音楽のセンスといい、画像といい、やはりセンスがいい!
しかし、ニューヨークから舞台がはなれると 彼っぽくないなー
というのが感想です。
2006年09月20日
パスクアリーノの運転
ようこさんの依頼でノートまで観光したときの話。
パスクアリーノの運転、助手席にようこさん、後のシートにマンマ。
意気揚々と出発するが、途中、エンジンの調子が変。
なんと、ガス欠寸前、車を止めて 歩いている人にガソリンスタンドは
どこか聞くと、10キロ先だという。
パスクアリーノ、絶体絶命!ところが、そんなことに めげる彼ではなかった。
ノートまでは険しい山道なのだが、登り坂の時にエンジンをかけ
山を登り、下りはエンジンを切り、止まりそうになるまで 走る、
そして また エンジンをかけ 坂を上るという荒業!!
ちなみに車って エンジンを切ると ブレーキは効かないし
パワーステアリングもきかないから 物凄く危険!!
こんなこと日本じゃありえないよ!と思っていたら
嵯峨山シェフが”ナポリで修行していた時 みんなやっていましたよ、
歩いていると後ろから音もなく来るから結構怖いんです。”
そんなもんなのか!!
最後に 千葉さんの一言。
”イタリアで 車に ガソリン満タンなんていうと 馬鹿にされる。
少しずついれるから そんなこともありますよ。”
パスクアリーノのやったことに 間違ったリアクションをしたのは私だけ!
まだまだ 修行不足の未熟者、もっと深くイタリアを勉強しなくちゃ。
2006年09月12日
ようこさん ムニロへ来店。
帰国後、パスクアリーノに私宛に託した荷物をたくさん携えて
ようこさんが来てくれた。その荷物というのも 写真と自分の
パンフレット、こんなに書類を持たされ、かわいそうだ。
しかも”次はピアット スズキに 行かなければならないんです。”
同じように写真とパンフレットを届けるのだと言う。
たぶん、スーツケースの4分の1を占める量だ。
日本に来る時にスーツケースにシチリアのそこらへんの石に
サインをしてたくさん持ってくる男には書類の重さなど楽勝なのだ。
”最後は怒鳴りあいの大ゲンカをして帰ってきました!”
さすがの 大和撫子のようこさんも切れたのだった。
というのも、ナポリで 引ったくりにあい、落ち込んで
パスクアリーノに何度も 電話をしたが、不在で連絡を取れなかった。
やっと連絡を取れ、ナポリでの災難を報告したときに
”まず なぜ 俺のいない時に電話をかけるんだ!!
お前はいつごろ電話をすればいいか判っている筈だ!
それに お前はチャラチャラしているからそういう目にあうんだ!!”
”なにー、チャラチャラだと!!”ということで 戦闘は開始されたのだ。
みなさん、パスクアリーノと渡り合うのがどんなに大変か判っていただけましたか?
2006年09月05日
パスクアリーノから手紙。
ようこさんが彼を訪れたせいか、いつもの手紙が
久しぶりに届く。
この”いつもの”なのだが、それは 写真をはがきのサイズ
に焼き増しし、その裏に 切手をはり 文字を書くという荒業である。

「俺が行けば いつも 一番安い価格で どんな大きさにもしてくれるんだ」
と言っていたパスクアリーノの横で眉間にシワをよせ、引きつっていた
シラクーサの写真屋店主の顔を忘れない。

裏はこんな感じ。赤と青とグリーンのボールペンで
色鮮やかだ。うちに泊まっていたときも デパ地下の食品売り場から
大量にせしめてきた 文明堂のカステラのポストカードに
朝早くから 椅子にすわり、足をぶらぶらさせながら
小学生の様に 一心不乱に 文字を書き込む彼の姿を思い出す。
内容は
親愛なるさゆり
ムニロで撮ったこの美しい写真を送る。
2006年5月にきらびやかで盛大な 3回目の私の
デモンストレーションがおこなわれたが
みんなのとても温かい気持ちに感謝する。
子供たちと まさみにもよろしく。
うーん、またあの毒にやられたくなってきた!!
1月には また、スタッフ連れて行くぞ!!
待っていろ、パスクアリーノ!!!